いくら稼いでも 「足りない」が 消えないの正体。

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今日は時間があったので、
結構文章が長いけど、
富の大切なお話なのでちゃんと最後まで読んでね。

通帳の数字は、
去年より増えた。
なのに、
安心は増えていない。

むしろ、
失う怖さのほうが大きくなっている。
そんな感覚は、
ないだろうか。
稼いでいるのに、
休んだ気がしない。


貯まっているのに、
使うたびに小さな罪悪感がある。
数字は上がっているのに、
心のどこかは、
ずっと貧しいままだ。


僕自身、
お金があった時期も、
数千万円の借金を背負った時期も、
どちらも経験している。
だから、
はっきり言える。
お金の額と、
豊かさの感覚は、
別のものだ。


僕の師である、
インドの悟った聖者シュリ・プリタジは、
豊かさは一つではないと教えている。
豊かさには、
8つの形がある。


一つずつ、
見ていこう。


一つ目は、
「勇気」の豊かさ。
どれだけ才能があっても、
どれだけお金があっても、
一歩を踏み出す勇気がなければ何も始まらない。
勇気とは、
恐れがゼロになることじゃない。
恐れに気づき、
それでも踏み出せる状態のことだ。


二つ目は、
「知識」の豊かさ。
お金は失うことがある。
地位も失うことがある。
けれど、
経験から得た智慧は誰にも奪われない。
いちばん深い知識は、
「自分はどんなときに苦しみの状態に入るのか」という、
自分自身についての知識だ。


三つ目は、
「健康」の豊かさ。
失って初めて気づく豊かさの代表。
どんなビジョンも、
それを実現するのは、
この身体だから。
身体だけじゃない。
眠りの質、
休養の質、
心の健康もここに入る。


四つ目は、
「勝利」の豊かさ。
誰かに勝つことじゃない。
目の前の試練を、
乗り越えていける力のことだ。
連戦連勝ではなく、
「倒れても、
また立ち上がれる」という内なる確信。


五つ目は、
「愛」の豊かさ。
愛を「もらうもの」だと思っていないだろうか。
愛の豊かさを持っている人は、
順番が逆だ。
先にハートを開く。
先に感謝する。
先に、
つながろうとする。
愛は貯金と違って、
使うほど増えていく。


六つ目は、
「素晴らしい子供たち」の豊かさ。
子供が健やかに育つこと。
それ自体が、
計り知れない豊かさだ。
親でなくても、
同じことが言える。
あなたの生き方を見て育つ人がいる。
あなたが蒔いた種が、
あなたのいない未来で花を咲かせる。
次の世代に、
何を残せるか。


七つ目に、
ようやく「お金」の豊かさ。
お金を否定しているんじゃない。
お金はエネルギーで、
愛や意図を運ぶ乗り物になれる。
問題は、
お金そのものではなく、
お金との「関係性」だ。


そして、
残りの一つ。
7つすべての源にあるのが、
第一の豊かさ、
「悟った意識状態」だ。

意識の状態は、
7つの豊かさの「蛇口」なんだ。
苦しみの状態にいるとき、
勇気は縮こまり、
学びは入らず、
身体は緊張し、
愛は流れなくなる。
お金は、
不安の道具になる。
美しい状態にいるとき、
勇気は自然に湧き、
学びは染み込み、
身体はゆるみ、
愛が流れ出す。
お金は、
愛を運ぶエネルギーになる。
蛇口が閉じたまま外側だけ整えても、
水は流れてこない。
お金以外の豊かさは、
目に見えにくい。
数えられない。

そして数えられないものは、
僕たちのマインドの中で「無いもの」にされてしまう。
多くの人は、
豊かさを一つの物差しで測っている。
その物差しの名前は、
「足りているか、
足りていないか」。

足りない側から測っているから、
いくら足しても、
針は「足りない」を指したままだ。
年収が倍になっても、
針は動かない。
なぜなら、
測っているのはお金の量ではなく、
「不足の感覚」だから。

ここに、
気づいていない人が多い。

不安から稼いだお金は、
不安を守るために使われる。
失わないように囲い、
減らないように握りしめる。
握りしめた手には、
新しいものが入ってこない。

一方で、
静けさから生まれたお金は、
自然に流れていく。
自分を通って、
人へ、
社会へ、
そしてまた自分へ戻ってくる。
同じ100万円でも、
どちらの意識状態から生まれたかで、
まったく違うものになる。

守るためのお金は、
持ち主を縛る。
流れるお金は、
持ち主を自由にする。

インドでは、
豊かさの女神ラクシュミにもう一つの名前がある。
「チャンチャラー」。
移り気な者、という意味だ。

財産も、
地位も、
今日はあなたのものでも、
明日は誰かのものになる。
掴もうとするほど、
するりと逃げていく。

けれど、
インドの誰もが知る古い図像がある。
乳の海の上で、
七つの頭を持つ大蛇に横たわる、
マハーヴィシュヌ。
その足元で、
女神ラクシュミが足を押している。
何も知らない人の目には、

くつろぐ夫と、
足をもむ妻に見える。
けれど、
神秘家の目には豊かさの秘密そのものが描かれている。
乳の海は、
押し寄せては引いていく人生の荒波。
マハーヴィシュヌの穏やかな顔は、
その荒波のただ中でも揺らがない、
悟った意識。

そして、
移り気なはずのラクシュミが、
その意識に自分から仕えている。
シュリ・プリタジはこう教えている。
悟った意識状態に確立されたとき、
あらゆる豊かさは逃げるのをやめ、
あなたのもとに留まる、
と。

留まるだけじゃない。
あなたの豊かさが、
あなたに仕えるようになる。
追いかける人生から、
豊かさのほうから留まりに来る人生へ。

もし今、
あなたが「もっと稼げば安心できる」と思っているとしたら。
もし今、
あなたが「お金はあるのに、
なぜか満たされない」と感じているとしたら。

それは、
豊かさが足りないのではない。
豊かさを、
一つの物差しでしか見ていないだけかもしれない。

お金は、
豊かさの結果であって、
豊かさの原因ではない。

内側が満たされた人のところに、
お金も、
人も、
機会も、
あとから集まってくる。
順番が、
逆なんだ。
先に内側を満たす。
外側は、
その反映としてついてくる。
そして無意識的に、
多くの人がこの順番を逆にして生きている。

最後に、
今夜からできることを一つ。
寝る前に、5分だけ。

8つの豊かさを一つずつ思い浮かべて、
「今日の自分は、
この豊かさとどう関わっただろうか」と問いかけてみる。

勇気を出した瞬間はあったか。
何かを学んだか。
身体を大切にしたか。
小さな壁を乗り越えたか。
誰かに愛を表現したか。
次の世代のために何かしたか。
お金と美しい関係でいられたか。
そして今日、
美しい意識状態にいた時間はどれくらいあったか。

「できていない」と裁くのは、
観察じゃない。
ただの自己批判だ。
ただ、
静かに見る。
気づく。
それだけでいい。
気づきの光が当たったところから、
人は自然に変わっていくから。

今日、
あなたの「もっと」は、
欠乏から始まっているだろうか。
それとも、
すでにある豊かさから始まっているだろうか。

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